2016年1月4日月曜日

元旦の大文字山

大晦日に芦生から帰ってきて、そのまま読書に没頭。
寝たのは日付がかわった3時半ごろである。


元旦は、9時ごろに目が覚めて、そのまま家にいた。
何もせず、休日を味わっていた。
天気が良かったので、大文字山に行こうと思うのだが、体が重い。


夕方近くになって大文字山に行った。
常連さんには会わないが、観光客や一見さんがそこそこいる。

わたしはいつものように、ゴミ拾いをし、野糞をした。
「一年の計は元旦にあり」だが、また去年までと同じ一年が始まった。

若くて可愛い女性が一人で登ってきていた。
声をかけたかったが、できなかった。
「もう若くないな」と思った。

翌2日からさっそく仕事だ。
授業(冬期講習)以外にも、仕上げなければならない原稿が多々あり、そのために読まなければならない本や目を通さなければならない資料が山とある。
「正月」どころではない。


けれど、やっぱり、仕事ばっかりしたくない。
いろいろと遊びの計画も立てているところだ。

2016年1月3日日曜日

2015年最後の山歩き(後編)

夜は寒かった。
ダウンジャケットを着て、ダウンの寝袋に入っていたら、今までは平気だったのに。
自分が寒さに弱くなったのか、寝袋カバーをしなかったせいか。


今日は大晦日。
なので、朝食は年越し蕎麦とする。

持ってきた蕎麦(乾麺)と昨日採ったナメコをゆがき、だしでつゆを作り、具をいろいろ入れる。

在庫処分のつもりで家から食料を持ってきたが、食べきれずに持って帰ることになった。

最近は少食になったので、食料計画が楽になった。
食料が少なくても不安にならない。
「味の濃淡を問わず、品の多少をえらばじ」の精神なので、なんでも「有る物」で満足できてしまう。


ただ、食べ切れなかったということは、その重量を担いで登り返さなくてはならないので、それがネックである。
腹は満ちているが、荷物を軽くするために、御飯と味噌汁も食べるか~とも思ったが、やはり無駄食いは止めておくことにした。


いつもは焚き火の痕跡を消すために、燃え残った木は川に投げ入れる。
今回はほとんど燃え残りがなく、完璧な焚き火となった。
ほんの僅かな燃え残りがあったが、『デルスウ・ウザーラ』の中でデルスウ・ウザーラ(沿海州の狩人)が「川に燃え残りを入れてはいけない」と言っていたので、やらないことにした。



9時を回ると谷に日が射してきた。


『風土』は半分くらい読めていないが、ぜんぶ燃やす。
残りは家にある本で読む。



酒・ウイスキー・ビールがなくなり、『風土』「ゴルゴ13」がなくなり、2日分の食料が減り、かなり軽くはなった。
いざ、出発。


いい感じに歩いて行く。
冬の芦生がこんなに美しいとは知らなかった。
川の水量も夏より多く、流れに見応えがあった。

倒木に小さなシイタケを見つけて採る。


灰野の手前の神社で、夫婦らしき二人が掃除されていた。
もう明日は新年なんだなぁ。


さて、灰野から佐々里峠までの登りが、長く苦しい。
いつもは夕方17時頃の広河原発のバスに間に合うために、焦り気味で歩くから余計にしんどい。
今日は時間的に余裕があるので、ゆっくりと歩くことにする。
14時台に1便あるはずだが、間に合わなければ17時台の便でもいい。


延々と続く登り道。
ザックは軽くなったとは言え、垂直方向に歩き始めると重さが応える。

標高があがると、地面に雪が現れ、やがて積雪5~10センチになる。
登りは苦しいが、空が明るいので気持ちがいい。

途中で、数箇所、ナメコが出ていた。
うち2箇所は採りやすい高さだったので、お土産にする。


大段谷山への分岐、小野村割岳への分岐を経て、佐々里峠へ。
小野村割岳への分岐以降は、足跡があった。


13時05分、佐々里峠。

石室で休む。

腹が減った。
米とキノコと蕎麦つゆの残りで炊込御飯を作ろうかと思った。
そうすると、バスは14時台のは無理になるだろう。
止めておく。


正月前だからか、お地蔵さんにお供えがある。
「一本満足バー」があったので、よくお参りしてから頂戴する。

めっちゃ、うまい。


車道を歩いて広河原へ。
途中、2頭のイノシシを見た。

14時前、広河原に着。

バスは14時20分発。

『デルスウ・ウザーラ』を読んで待っていたら、雨が降ってきた。
雨宿りしなきゃと思った時、運転手さんが出てきて、バスの中で発車を待つことができた。


いやはや、予定よりも歩くことになったが、いろんな場面を経験できた。
鞍馬~八桝の車道の徒歩、小野村割岳への積雪のきらめく林道、カヅラ谷への尾根の冒険的な下降、カヅラ谷から本流への困難な下降、本流沿いの快適なトロッコ道、灰野から佐々里峠への苦しいが美しい登り…
そして、二晩の寒いキャンプ、充実した焚き火、酒、読書…
じつに楽しく、満足できた山行だった。
よい年を迎えられそうだ。


ただ一つ、「広河原」バス停近くの喫茶「庄兵衛」のママに、今回も会えなかったのが心残り。(笑)


【追記】
帰宅後、『風土』の残りを読む。
読み終わった時には日付が変わっていた。
しかし、就寝して起床するまでは、まだ「前日の連続」ということで、わたしのルールでは越年していない。

夜更けに『デルスウ・ウザーラ』の残りの数章を読むが、睡魔に負けて居眠りしてしまう。
「居眠り」は「就寝」ではない。
うとうとしながら、3時半頃に読了した。

2016年1月2日土曜日

2015年最後の山歩き(中編)

12月30日。
昨夜、眠ったのが、おそらく7時頃。
夜中に目が覚めて時計を見たら、1時20分。
ふだん5~6時間の睡眠だから、これくらいに起きて当然だ。
ふだんなら午前1時20分なら、まだ就寝していない時刻だ。
それが笑えた。


眠くなるまで『風土』を読む。
納得がいくことが書いてあるが、こんな事は、わたしなら中学生くらいの時に考えていたようなことだ。
読んだページからどんどん破っていく。


寝たのは、たぶん3時くらい。
夜は寒かった。
目が覚めたら、外は明るくなっていた。

湯を沸かしてカップスープを飲み、昨夜の残り飯と味噌汁で朝食。
野糞をして「ゴルゴ13」で尻を拭き、その「ゴルゴ13」を燃やす。

時刻を知るには携帯を見なければならないが、バッテリーの消耗を防ぐため電源OFFにしてある。
起動するとバッテリーを食うから、なるべく時刻も見ず写真も撮らないようにしている。
たぶん、9時半ごろ出発。


林道を登り、小野村割岳のほうに向かっていく。
途中から積雪1センチ、やがて5センチくらいになる。
この林道、比較的最近に歩いた気がするのだが、いつだったか思い出せない。


林道の終点から谷に入り、小野村割岳への取り付きへ。
ここの谷が合流しているあたりは、わたしのお気に入りだ。


約20分で頂上へ。
雪化粧した山々が美しい。


さて、ここから芦生側へ下るのであるが…
じつは地図を忘れてきた。
細かな地形がわからない。

積雪期には山の登り降りに尾根を伝うのが原則である。
谷に入り込むと、岩と岩の間に積雪があったりして踏み抜いたりすると危険である。
逆に、尾根は木々の葉は落ちていて余計な灌木も枯れていて、見通しがよく歩きやすい。

…なのだが、どこにどんな尾根があるのか不明だ。

小野村割岳から西へ向かっていけば、由良川本流(トロッコ道)にダイレクトに降りられる尾根があるのは分かっているが、そちら方向には行きたくない。


で、小野村割岳から南東方向へ行く。
天狗岳まで行ったら七瀬に下りる尾根があるのも分かっているが、少し遠い。


というわけで、20~30分歩いて、適当な尾根を下る。
道はないが、獣道らしき通路はかろうじてある。
雪をかぶった木の脇を通ったり木をくぐったりしているうちに、上から下まで濡れてしまった。


尾根の突端に近づき、川が合流しているのが見える。
最後は急な下り。

由良川本流に下りたかったが、支流の途中に出た。
たぶん12時半くらい。

深閑とした雪化粧の森に日が射して、すばらしい景色だった。
おそらくカヅラ谷の源流部にいるはずだ。
よりにもよって、本流からもっとも遠い地点に下りてしまったようだ。


ここから本流までの下降が大変だった。
カヅラ谷ははるか昔、遡行したことがあるが、ほとんど記憶にない。
小規模な滝や滑が現れて、雪と雨で岩が濡れているこの時期には、川沿いは通過できない。
高く「巻く」ことになるが、それも一苦労だ。


動物の踏み跡があって導いてくれるが、
「そんなに遠回りはしていられないよ」
と自分でルートを開拓する。
しかし、行き詰ってしまって、結局、動物の教えに従うことになる。


「あそこを廻ったら、本流に出るだろう」と思って進むも、いつまでたっても本流は現れない。
バテ始めてきた。


とある場所で、沢にかかった流木にキノコが目に入った。
ウスヒラタケじゃないか?
近づいてみると、そうだった。

足を滑らさないように接近して採りやすい地点に回りこむ。
携帯を落とさないように細心の注意を払って撮影する。


味噌汁の具にできるぞ。


ウスヒラタケを見つけて、疲れが飛んだ。
さらに下降していく。
「時期遅れのナメコがないかな~」
なんて思って下っていくと、15分後、栃の木にナメコが!

なんとか登って採れそうだ。

木に登るとナメコは見えないが、適当に何枚か採った。


服部文祥氏が「サバイバル登山」というのに基本的に共感してはいるが、「鉄砲」は服部氏自身が否定しているはずの「文明の利器」だ。
この点の矛盾について服部氏は説明不足だ。

で、わたしとしては「ベジタリアン版サバイバル登山」をやってみたいと思っている。
ウスヒラタケとナメコが収穫できて、自信が出てきた。


それでもやっぱり疲れてきた。
何度も沢を渡らねばならず、また沢の脇をへつって行かなければならない。
足を滑らさないように慎重を期していると、緊張の連続で精神が疲れてくる。

だんだん谷が広くなって、もう出会いは近いはずだ。
…と焦ると滑ってしまいかねないので、気をつける。


やっと、本流のトロッコ道だ。14時13分。


本流を見ると感激する。

心配していた積雪もない。
思い起こしてみれば、この12月末という時期に芦生に来たのは初めてではないか。

ラーメンをつくる。ウスヒラタケを入れた。

芦生に来ると、いつも喜びと哀しみの混じった複雑な感慨をもよおす。

子供~高校生くらいまでの父との渓流釣り、家族でのハイキング、大学生以降の単独での入山、あるいは友人・恋人との入山…さまざまな思い出がぎっしり詰まっている。
その思い出に懐かしさを覚え、変わらぬ自然の営みに感興をもよおす。

その一方で、二度と帰ってこない過ぎ去った「時」と無駄に歳だけとってしまった「自分」とを実感し、切なさで胸がいっぱいになる。

とくに父との思い出がもっとも強く胸を締めつける。

父が死んで、遺言どおり芦生に骨を撒き、父は川になった。
あんなに嫌っていて「人間のクズ」呼ばわりまでしていた父が、芦生に来るとたまらなく恋しい。


父に向かって大声で
「お父さ~ん、来たよ~、元気か~」
と叫ぶ。
ここ最近は、こうやって叫ぶと、すぐ近くに人がいたりしてバツが悪くなるのだが、今回はどこにも誰一人いない。
完全にわたし一人の芦生のようだ。



結構歩いたので、もうこの場所でキャンプしようと思った。
テント場も決めた。


しかし、焚き火をするのに木がない。
多くの人が立ち寄る場所なので燃やされ尽くしているのか。

それに、小屋跡に缶や瓶が散乱していて気分が悪い。
もう少しだけ歩いて場所を探すことにした。



キャンプ適地はあるか、薪は豊富か、くつろげるか、トロッコ道から下りやすいか、を念頭に下流へ歩いていく。

フタゴ谷の出会いで、ちょうど良い場所があった。

ここらあたりは、いつもトロッコ道を歩いているので、川原に下り立ったのは子供の時以来だろう。
なかなか美しい場所だ。



薪と杉葉を集める。
薪は少々濡れていても、杉葉がよく燃えてくれれば燃やせる。
昨夜の失敗を繰り返さないように、できるだけ湿っていない杉葉をたくさん集める。

『風土』の読んだページを破って、着火する。
何度か失敗したが、まもなく安定した火になった。


飯を食う。


焚き火をしながら日本酒とウイスキーをあおり、濡れた服や靴下を乾かす。
12月末のこの時期に、靴下を脱いで裸足になっているのが、自分でも驚く。



寒いせいか、いくら飲んでも酔いが回らない。
テントの中で寝袋に入って本を読みながら飲めば眠くなるだろうが、久しぶりの焚き火に存分にあたっておきたい。
およそ3年ぶりの焚き火なのである。

虚空を見上げると、空中の水分が凍ってダイヤモンド ダストとなり、ヘッドランプの光できらめいていた。


「こんなに燃やせるのか?」というくらい薪を用意したが、それもほぼ終わり。
このまま置いておけば全て燃え尽きるだろう、というところまで燃やしたので、そろそろ眠ることにする。
10時くらいだった。

2016年1月1日金曜日

2015年最後の山歩き(前編) 

年末に休みがあった。
例年、妹が甥っ子・姪っ子を連れて帰省してくるのだが、今回は帰省しないという。
こんなチャンスはめったにない。
どこか山に行こう。
28日から最大で元旦まで使える。


当初は、氷ノ山を考えていた。
伊吹山か大峰山地もいいな、と考え始めた。
四国の剣山もいいかな・・・と考えているうち、決められないまま日が経ってしまった。


28日は前日までの疲れが残っていて、やり残したことを片付けていると、山の準備ができなかった。
結局、行き先は近場の芦生に落ち着いた。


29日、朝10時の広河原行き京都バスに乗るつもりが、これも準備が遅れて、タッチの差で逃す。
叡山電車で鞍馬まで先回りしようと思ったが、これもダイヤの都合で京都バスに追いつけず。
計画がどんどん後ろ向きになっていく。


叡山電車を終点:鞍馬で降りる。11時前。
そこから花背峠のほうに向かって歩く。

歩きながら、①次のバスを待つ、②どこか別の行き先を考える、③家に帰って明日 出直す、の選択肢を考えていた。

②の線で考えていたが、2015年を締めくくるのにふさわしい場所が思い浮かばない。
とにかく歩く。

①が有望だが、次のバスは4時間以上も後だ。
じっと待つのは寒いし馬鹿らしい。
どこかの店で本を読みながらビールでも飲んで待つのが一番だが、鞍馬寺門前は観光客が多い。
となると、花背峠を越えたところにある喫茶店だが、年末年始で営業しているかどうか…
ま、とりあえず歩いて花背峠は越えようと思った。


途中でバス道から外れて、名も知らぬ林道に入った。
なかなか心地よい道で、途中、古びたナメコも見つけた。
が、南、つまり花背峠と反対の方向にどんどん向かっていく。
いずれどこかで「鞍馬山-旧花背峠」間の道に合流するのだろうが、あまりに遠回りになりそうだ。
そこへ、楽に鞍部に出られそうな谷間があり、踏み跡もあったので、そちらに入った。
道というほどではないが微かな道筋がわかる。
杉林の中の楽しい道だった。


尾根に出て「鞍馬山-旧花背峠」間の道に合流。
今年の積雪期に歩いた道だ。
寒空だが、晴れていて明るく、快適。
つい先日 来たばかりの旧花背峠に出る。
たぶん、13時ごろだ。


下って「旧道別れ」に出る。
まもなく花背別所の集落。

このあたりから、空が曇り、寒さが増してきた。
雪とみぞれの中間みたいなのが降る。

喫茶店は営業していなかった。
他の店もやっていない。
花背山の家も、この日は「満室で入れません」と。


雨雪が強くなり、合羽を羽織る。
どこにも雨宿りする場所がなく、ひたすら歩く。
別所から次の集落である大布施までは4キロほどだが、歩くと異様に長く感じる。
その間、休憩する場所もほとんどない。


今回は、芦生に行って、適当な場所にテントを張り、そこで焚き火をしながら、読書をする、というプランだった。
あまりガシガシ歩くつもりはなかったので、荷物も重めだ(酒が多い)。
だが、結局、一生懸命 歩くことになっている。(早起きしなかった罰だ)
ま、この区間を徒歩で通過することもそうはないだろうから、いい機会だと思うことにする。


この区間の川(別所川)は、わたしが子供の頃に改修されてコンクリートの河床・護岸になってしまっているが、父がよく
「俺が釣った最大のアマゴは、ここで釣った」
と言っていた場所だ。
あれから40年近くたって、河床にも適度に岩や土砂が堆積し、それなりに魚が棲めそうな姿になってきた。
いま釣り糸を垂れたら、どうだろうか。


大布施の数百メートル手前、小野谷の出会いのカーブに神社があり、そこでやっとサックを下ろして一息つける。

大布施のJAの前にやわらかいベンチがあり、そこで大休止。
たしか15時前くらいだ。
甘い物でも買えるかと期待したAコープは、結構以前に閉店となっていた。


この時点で、鞍馬から15キロ歩いている。
それなりに疲れてきた。
雪雨も降っているので、ここでずっとバスを待とうか、それとも更に2キロ歩いて「交流の森」で待とうか…
「30分かかって『交流の森』に行ったところで、あんまりのんびりとビールも飲んでいられないし…」
などと、しばらく思案しつつ休んでいたが、じっと座っているのも寒いので、やっぱり歩くことにした。


この段階ではすでにプランができていた。
京都バスに乗って「下の町」で降り、早稲谷川沿いの林道に入る。
今夜はその途中でキャンプし、翌日、小野村割岳を越えて芦生に入る。
芦生で2泊するつもりが1泊になってしまうが、それは仕方がない。


で、「交流の森」に向かったが、手前の春日神社で雨宿り&バス待ち。
本を読む。


わたしは、年末年始の読書に「こだわる」タチで、1冊の本を年を跨いで読むのが嫌いなのである。
年末にきっちりと読み終えて、新年には新しい本を読み始めたい。
そして、年末年始に読む本もどんな本でもよいわけではなく、「今年の締め(トリ)」「一年の読書は元旦にあり」で慎重に選ぶ。
今年最後の本に選んだのは『デルスウ・ウザーラ―沿海州探検行』平凡社東洋文庫)である。
だが、もう半分ほど読み終えていて、あと3日もかからない。
もう1冊読める。


で、退屈しないように、もう1冊 持ってきたのが、和辻哲郎の『風土』岩波文庫)。
これは既に家に持っているのを忘れていて、先日 古本屋でダブって買ってしまったものだ。
同じ本が2冊あっても仕方ないので、読んだページから焚き火で燃やすつもりで持ってきた。
今年最後の本は『デルスウ・ウザーラ』だと決めているので、先に『風土』から読破しなければならない。

春日神社で雨宿りしながら『風土』を読み進めていった。

30分以上、そうやってバスを待っていたが、やはりじっとしていると寒いので、歩くことにした。
雨も止んでいる。


すぐに「交流の森」。
喫茶や食事ができると幟が立っているが、どっちみち年末年始は営業していなかった。
鞍馬から17キロ以上歩いた。
まだバスが来るまで時間があるので、ゆっくりと歩いた。


「教会前」でバスが来る10分前。
そろそろいいだろうと歩みを終えた。
16時23分、ちょっと遅れてバスが来た。


「下の町」の手前で運賃が急激に上がり、「なんでやねん」と思いつつ、「下の町」で下車。
町名は「下之町」だが、バス停名は「下の町」なのが気になる。


バスを降りて林道を進む。
まもなく一軒の家があり、そのすぐ後にダムがある。
そのダムの上流が広い河原になっている。
わたしが常宿にしているキャンプサイトだ。


ここには某会社のキャビンがある。

以前、ここでキャンプをして、早めに寝ていたら、夜遅くキャビンの持ち主たちがやって来て騒ぎ出した。
うるさいし、かと言って場所を借りてるのは自分のほうだし…で、荷物をまとめて数百メートル奥へ引越ししたことがある。

それ以来、ここでのキャンプは避けていた。
今回もここを見送って、さらに奥地で探すつもりだった。

が、改めて見るに、絶好のキャンプサイト。
薄暗くなってきてあまり時間もない。
年末のこの時間から、こんな寒い場所に、企業の連中がやって来ないだろう、と判断して、ここに泊まることにした。


さっそく焚き火の準備にとりかかった。
薪は多い。杉葉も豊富にある。




だが、雨雪で湿っている。
少々湿っていても火を起こす自信はあるが、すぐに暗くなってしまい、十分な杉葉を集めることができなかった。
燃やすつもりで持ってきた『ゴルゴ13』のページを破って着火するが、なかなか杉葉に燃え移らない。
燃え移っても、すぐに消えてしまう。


あきらめて焚き火なしで夜を過ごすことにした。
日本酒とウイスキーを傾けながら、『風土』を読み飛ばしていく。

(つづく)